2016/06/10

Metagenomics and CKD

 60兆個の細胞でできたあなたには100兆個の腸内細菌がいる、とよく言われる。最近の研究だと30兆個の細胞でできたあなたに39兆個の腸内細菌がいるらしいが(doi: http://dx.doi.org/10.1101/036103)、とにかくたくさんいてその種類も割合も他の人とは違う。で腸内細菌叢は健康に大きな役割を果たしていることがわかってきた。また最近はどこもかしこも「抗生物質の乱用をやめよう(ヒトにも家畜にも)」と言っているが、抗生物質一粒でも腸内細菌叢は大きく変わるから、そういう面でも抗生物質の影響を考えなければならないかもしれない。

 腸内細菌叢のように複数のゲノムを一気に調べることをメタジェノミクスという。アメリカではNIH human microbiome project、欧州はmetagenomics of human intestinal tract(MetaHIT)、中国は深圳華大基因研究院(BGI-Shenzhen)が有名で、日本もはやくから東京大学大学院新領域創成科学研究科などで行われている。16S mRNA sequencingといってV1-V9の可変ゲノム領域を調べphylogenic classificationを調べる方法と、whole genome shotgun sequencingというテラバイト級の情報量を処理する方法があるらしいが、いずれにせよ関心のある遺伝子を見つけてきて治療に活かせないか研究する。

 ベンチャー企業もボストンエリアに始まって、いまはベイエリア、欧州、日本、どこにもある。今やメタジェノミクスは高校生物の副教材にも取り上げられ、日本人の腸内細菌叢は海藻のporphyranを分解する遺伝子が多い(Nature 2010 464 908)なんてことも書かれているらしい。元々日本人は腸内細菌に関心を払ってきた(ビフィズス菌、フェカリス菌、アシドフィルス菌、ラクトバチルス・カゼイ、酪酸菌など)から、23andMe®のように遺伝情報を提供するだけでなく、若い世代がこの分野で活躍したらいいなと思う。

 さて腸内細菌叢は肥満、心血管疾患などさまざまな健康上の問題に関連しているがCKDも例外ではない。尿毒素物質(明らかな毒性があればuremic toxin、なければuremic soluteと呼ばれる)は単一ではなくEUTox projectで150以上がリストされているが、その多くが腸内細菌叢の代謝で産生される(ammonia、1-methyl guanidine、TMAO、H2S、短鎖脂肪酸、homocysteine、D-lactic acid、oxyalate、p-cresyl sulfate、indoxyl sulfate、indole-3-acetic acid、phenylacetic acid、hippuric acidなど;AJKD 2016 67 483)。とくにチロシンの代謝産物p-cresyl sulfateとトリプトファンの代謝産物indoxyl sulfateはよく調べられている。

 CKD患者は非CKD患者と腸内細菌叢が違う(表;JASN 2014 35 657)。腸内細菌叢のバランスが崩れると腸管バリアの障害や炎症惹起、translocationなどが起こり、逆に尿毒症環境だと発酵菌(clostridium bifermentans、C. sporogenes、C. clostridiforme、C. leptum、Peptostreptococcus asaccholyticus、P. indolicus、Bacteroides thetaloaomicron、B. putredinis、Fusobacterium nucleatum、Actinomyces israelii、Megalofaera elsdinii、Propionibacterium acnesなど;FEMS Microbiol Ecol 1998 25 355)が増えて細菌叢のバランスがくずれる(Brachybacterium, Catenibacterium, Enterobacteriaceae, Halomonadaceae、Moraxellaceae、Nesterenkonia、Polyangiaceae、Pseudomonadaceae、Thiothrix族なども増える;KI 2013 83 308)。


 この双方向の「腸腎連関」はよく知られた概念で、"The intestine and the kidneys: a bad marriage can be hazardous(Clin Kidney J 2015 8 168)"などと巧いこと言ったつもりの論文もあるが、ではどうしたらいいか。吸着剤(AST-120)。プレバイオティクス(善玉菌の餌;inulin、fructo-oligosaccharides、galacto-oligosaccharidesなど)。プロバイオティクス(ラクトバチルスなど)。プレバイオティクスとプロバイオティクス両方(シンバイオティクス;最近ではSYNERGYスタディ CJASN 2016 11 223)。いずれも血中尿毒素の低下がみられたが吸着剤以外は数週間の短いスタディで、CKD進行やESRD進展、all-cause mortalityなどへの効果はまだわからない。動物実験ではClC2チャネル活性薬(lubiprostone、アミティーザ®;JASN 2015 26 1787)など。

 今月のJASNにCKD患者と非CKD患者の便中揮発性物質の比較をして間接的に腸内細菌叢の代謝差異をみた論文がでた(JASN 2016 27 1389)。冒頭のメタジェノミクスプロジェクトは健康な被験者を対象にしたものだ。CKD患者の腸内細菌叢のメタジェノミクスを調べて、スーパーコンピュータかなにかを使ってわーっと非CKD患者のそれと比較すれば、ターゲットを絞った治療ができるだろうか。まだ腸腎連関の病態解明の段階だとは思うが、新しい治療につながればいいなと思う。