2015/07/23

Electrolyte

 私は恥ずかしながら物理をほとんど勉強せずに医学部に入り、そのあとも物理をほとんど勉強せずに医学部を卒業したので、電圧:E(V)、電流:I(A)、時間:t(sec)、熱量(J)の関係が以下のように表される(ジュールの法則)ことを初めて知った。
J = E x I x t
 たとえば除細動器は電圧が約2000V、電流が約40Aにも達するらしい。しかし、時間が数msecと短いので治療域である50-250J程度の熱量で済む。プラスチックのパドルで絶縁されているからいいものの、ショックを掛ける側に通電すれば大ごとだなと思った。
 また最近日本で感電事故があったが、純粋な水は電離定数が低いので、抵抗が高いはずである。25度の理論純水の電気抵抗率は18 x 10^8Ω・mだそうだ。しかし自然の水は電解質が溶解しているので電気抵抗率は0.03 - 0.1 x 10^8Ω・m、また血液の電気抵抗率は0.02 x 10^8Ω・mだそうだ。電解質が「電解質」と言われるのには、理由があるということだ。


2015/07/22

EAH

 血よりも濃いものを作れるのはなんだろう?B'zの"RUN"(1992年)は、「時の流れ」だと言っている。しかし体内では、血よりも濃いものを作れるのは腎臓だけである。

 だから熱中症で低張の体液である不感蒸泄が増えただけなら、ナトリウム値は上がりそうである。それで、熱中症の予防には一般に体液喪失を防ぐと共に水分補給をすることが奨励される。しかし、overhydrationをした場合 and/or 浸透圧上昇・体液不足などでAVPが出ている(腎が水排泄を抑制している)場合には、水摂取が水排泄を上回るので低ナトリウム血症になる。総水分量と体液量(volume)を別に考えなければならないのがtrickyだ。そして、これに関連してexercise-associated hyponatremia(EAH)にも言及しなければならない(Google Scholarに"hyponatremia heat stroke"と入れるとEAH関連の論文に飛ぶ)。

 マラソン(NEJM 2005 352 1550)でも軍事演習でもハイキングでもアメフト練習でも水泳でも、汗があまり出ず(slow-pacedな人で起こりやすい)口渇もないのに水を過剰に摂取することがEAHのリスクになる(EAHの国際コンセンサスを日本の教授に教えていただいた;Clin J Sport Med 2015 25 303)。つまりEAHの本態はdilutionalということだ(塩喪失の関与もないことはないが、ultramarathonなど極端な例に限られるとされている)。EAHは急性のナトリウム低下であり、脳ヘルニアのリスクがosmotic demyelinationのそれを上回るので、重症EAHは直ちに高張液で治療することが推奨されている。3%NaClでもよいし、もし手元になければ8.4%NaHCO3でもよいと(逆に言うとそれだけ8.4%NaHCO3は高張だという認識が必要だ)。



2015/07/16

Beeper

 スマホはおろか携帯もインターネットもメールもなかった時代がそう遠くないことが信じられないほど世界はever fasterであり、仕事時間というものもなくなってしまっている(24時間ハイテク機器にconnectされているから)。しかし、この世代の私達がどのように生きてけばいいのかを、だれも教えてくれない。ひとつのやり方は機械のように回転を速く速くして仕事に没頭することだが、それは不健康な結果をもたらすかもしれない。
 そんななか、米国医師が未だにおおかたポケベルを使用しているというのは興味深い事実だ。少しでも仕事から距離をおきたいということなのかもしれない。だから米国で医者をしたら、ポケベルに愛着が湧いてくる(日勤帯のあのコール、当直帯のこのコールが思い出されるから)。というわけで、Lancetに患者さんがAKIを発症したらチーム全員のポケベルにAKI alertを鳴らすという研究結果が発表された(Lancet 2015 385 1966)。
 しかし、結果はalert群とusual care群で死亡、透析、クレアチニン高値に差はなかった。AKI発症の定義は基本的にクレアチニンの上昇だったから、too lateである。それにalertを鳴らされたからといって、鳴らされないのに比べて先手を打ってできることはほとんどない(残念だが;腎毒性のある薬物を避ける、くらいしかない)。
 しかしalertというのは面白い考え方で、たとえばMRSAやC. difficileなどcontact precautionを要する菌をもつ患者のカルテにはその旨が大きく記載されるし、codeなども赤字で目立つようになっている。だから、eGFRが低値の患者さんではその旨を目だって表示する(たとえばCKD4期ならシャントのために右上肢からの採血やルート確保はしないなど対策ができる)などは有効かもしれない。


2015/07/13

Induction Therapy

 腎移植の免疫抑制レジメンは施設によって大きく異なり、前向きのRCTが組めない性質上そのままになっている。例えば導入レジメンは、私がいた施設では生体腎(低リスク群)にはbasiliximab(抗IL-2受容体モノクローナル抗体)+MMF+ステロイド+tacrolimus(腎毒性を嫌って3-4日目からゆっくり入れていた)、献腎(高リスク群)にはrATG+MMF+ステロイド+tacrolimusだったが、これは標準でもなんでもない。

 施設によってはalemtuzumab(抗CD52モノクローナル抗体)を使うところもあるし(私はこの薬のblack-box warningに挙げられている重度の自己免疫性溶血性貧血の一例を診たので怖くて仕方がないが、いまではCLLや多発性硬化症などにも用いられているようだ)、低リスク群にはステロイドを抜く場合もあるし、tacrolimus+MMFだけの場合もある。一応KDIGOは低リスク群にbasiliximabを第一選択にしているそうだが、これはcyclosporineしかなったころのデータに基づいた推奨で、outdatedな感もある。

 そこで、先月のCJASNにこの問題をaddressする論文(CJASN 2015 10 1041)が出た。これは2000年から2012年までに初回生体腎移植(クロスマッチ陰性、ABO適合、1-6 HLA mismatch)を受けた成人レシピエント群のうち、退院時にtacrolimus+MMF(MPA;mycophenolic acidと書いてあったがそのプロドラッグであるMMFのことだろう)を処方されていたすべての患者を後ろ向きに解析したものだ。Selection biasを避けるためにpropensity score analysisしているが、無理やりな感じは否めない。これが移植業界のエビデンスの根源的な弱点だ。

 結果、ステロイドを含んだレジメンではbasiliximabを使った群も使わなかった群もacute rejectionの率に差はなかった。ステロイドを含まないレジメンではbasiliximabを使った群よりrATGまたはalemttuzumabを使った群のほうがacute rejectionの率が有意に低かった。ただしoverall graft failureはbasiliximabとrATGが同じくらい、alemtuzumabはそれより有意に高かった。Alemtuzumabは置いといて、本論文は低リスク群のステロイド含有レジメンにおけるbasiliximabのadded benefitに疑問を呈する格好だ。

 おそらく、低リスク群にはtacrolimus+MMF+ステロイドで十分なのだろう。しかし、怖いからみんなbasiliximabを簡単にはやめないと思う。もしやめるとしたら、basiliximabを加えることによる免疫抑制過剰のリスクがあるという報告が出る時だろう。

 Calcineurin inhibitorに代わる、腎毒性のない薬として市場にでている(cyclosporineと比較したBENEFITトライアルはAm J Transplant 2010 10 535、日本では未承認;co-stimulatory pathwayに関与する薬というのが興味深くて以前に触れた)belataceptも、余り広まらない。これも、月1回クリニックで注射しなければならず手間(米国時代、移植後担当コーディネータが文句を言っていた気がする)なだけでなく、PMLやPTLDが出るとかリスクがあるからだと思う。


[2018年12月追加]おくればせながら、BENEFITトライアルの最終結果がでていた(NEJM 2016 374 333)。トリックは1対1対1の割付で高用量・低用量ベラタセプトをシクロスポリン群と比較していることで、グラフト予後・患者予後ともに高用量・低用量でシクロスポリンより優れていた。



 では感染症などの副作用はどうかというと(それを心配して低用量群を用意したわけだが)、高用量は低用量よりは多いが、シクロスポリン群ほどは多くなかった。

 BENEFITは生体腎と献腎(状態のよいSCDのみ、ECDはBENEFIT-EXTで別にスタディがくまれた)どちらも含むスタディで、多国籍スタディだがアジアからはインドとトルコしか参加していない。わが国で月1回点滴するのはそんなに高いハードルにはならないだろうが、往々にして免疫抑制が効きすぎる。だから、「ジャパン低用量」を見つけて、ひろく安全に活用されればよいなと思う。